歳だからで片付けない。でも体の変化も笑いに変えて家族平和
歳を重ねると、不思議なことが増えてきます。
どこかで打撲した覚えもないのに、朝起きたらアザができている。手や足の指が曲がったまま、自分の意思では真っすぐ戻せない。いらないところにイボができたり、老人斑が増えたり。白髪やほうれい線くらいでは、もうそこまで慌てません。
でも、指が曲がったまま戻らなかった時は、さすがに驚きました。顔のアザもそうです。年齢を重ねたから起こることなのか、自分では分からないから病院にも行きます。
知らない変化は一度ちゃんと確認する
先生に言われたのは、「年齢ですね」というひと言。痛みが強かったり、眠れないほどならまた来てください、という流れでした。
ばね指はいつの間にか治っていて、アザもそのうち薄くなってくる。そう聞くと少し安心します。とはいえ、自分の体に覚えのない変化が出ると、やっぱり最初は不安になります。

「歳だから」で何でも片付けるのは違うと思っています。気になることは確認する。痛みがあるなら無理をしない。これは大事です。そのうえで、必要以上に怖がりすぎないことも、同じくらい大事だと感じます。
身に覚えのないアザの犯人探し
身に覚えのない傷があると、真っ先に疑われるのはなぜか家族です。私が寝ている間に、憎たらしくて誰かが叩いたのか。起きている時には無理だから、夜中にやったのか。そんなことを一瞬考えてしまうのです。
でも、どうもそうではなさそう。次に疑うのは、我が家の猫です。見るからに人相の悪い、でも可愛いぴーちゃん。今年のゴールデンウィークには私の足を噛んで、私の連休を台無しにした前科があります。

夜中に猫パンチをされたのか。ぴーちゃんに聞いても、もちろん答えてくれません。あの顔で黙って座られると、余計に怪しく見えるのですが、今回もどうやら違うようです。
人を疑う前に自分の年齢を疑う
残るは家族か、と思いたくなるところですが、そこまで疑っていると家の中が平和ではなくなります。親として恨まれる筋合いはないはず、と言いながらも、優しい母だったかと聞かれると少し怪しい。そこはおじいさんの優しさでプラスマイナスゼロということにしておきます。
年齢で片付けてはいけないこともあります。でも、家族を疑うより、自分もちゃんと歳を重ねているのだと受け止めた方が、家族平和で家内安全です。

体に蓄えていた元気な細胞も、そりゃ燃料切れになる時があります。耐用年数なんて言うと少し切ないけれど、長く使ってきた体です。あちこちに変化が出るのも、ある意味では自然なことです。
もちろん、本当に痛い時や違和感が続く時は、笑い話にせず確認します。そこは大人の自己責任です。怖がりすぎる必要はないけれど、我慢しすぎる必要もありません。
ただ、体の変化をすべて敵のように見ると、毎日がしんどくなります。あれもこれも老化だと落ち込むより、長く一緒に生きてきた体が、少しずつ違う反応をしているのだと思う方が気持ちは軽いです。
歳を重ねるのは怖くない
怖がりすぎず、でも放置しすぎず。これからの体とは、そうやって付き合っていくのがいいのだと思います。
見た目の変化も、体の変化も、全部を若い頃と同じに戻そうとしなくていい。おしゃれも自由です。今の自分の体を知って、笑えるところは笑い、必要なところはちゃんとケアする。

今回の身に覚えのないアザは、誰にやられたかの犯人探しをやめることにしました。また現行犯で捕まえたら、その時は堂々と報告します。
歳を重ねるのは怖くない。人を疑う前に、まず自分の体の変化を疑ってみる。そう思えるくらいの余裕を持って、これからも笑って過ごしていきたいです。