幸せだから笑うんじゃない。笑っているから幸せが寄ってくる、66歳の桃パフェ時間
3baba、今日も元気に出動です。向かった先は、桃パフェを楽しめる「ひそか」さん。気心の知れた友達と一緒なら、お店へ向かう時間からもう楽しい。何を食べようか、どんな桃が出てくるのかと話しながら、自然と笑顔になります。
そして目の前に運ばれてきた桃を見て、思わずびっくり。想像していたよりもずっと大きく、つやつやの桃が丸ごと一つ。パフェというより、桃そのものが主役です。大人三人で「どうやって食べるの?」と顔を見合わせ、最初から大騒ぎになりました。
桃一個に大騒ぎできる友達がいる
ナイフとフォークを両手に持って、ああでもない、こうでもない。きれいに切り分けたいのに、桃は思うようには動いてくれません。誰かが手を出せば、誰かが笑う。たった一個の桃を囲んで、こんなに盛り上がれることがうれしいのです。
立派な予定や特別な演出がなくても、一緒に驚き、一緒に笑える人がいるだけで、その時間は忘れたくない思い出になります。年齢を重ねるほど、こういう何気ない時間のありがたさがよく分かるようになりました。
桃の甘さとみずみずしさはもちろん最高でしたが、思い出に残るのは味だけではありません。何度も顔を見合わせ、写真を撮り、食べ終わるまで笑い続けた時間そのものが、いちばんのごちそうでした。

幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せが寄ってくる
幸せなことが起きるのを待ってから笑うのでは、少しもったいない。先に笑っていると、幸せのほうからこちらへ近づいてくるように思います。大きな桃に驚いた顔も、食べ方に困った顔も、全部まとめて今日の楽しい表情です。
笑顔には、その場の空気をやわらかくする力があります。一人が笑えば隣の人も笑い、いつの間にか三人とも声を上げている。そんな連鎖が、何でもない一日を「いい日だった」と思える一日に変えてくれます。

小さな幸せは、案外すぐそばに落ちている
美味しいものを食べること。友達と笑うこと。晴れた空の下で写真を撮ること。幸せは、遠くまで探しに行かなければ見つからないものではありません。毎日の中に、ポロポロと小さく落ちています。
大切なのは、その一つひとつに気づいて拾えるかどうかです。「こんなことで喜んでいいのかな」なんて考えず、うれしいときは素直にうれしがる。面白いときは遠慮なく笑う。そうすると、日常の中に楽しみが増えていきます。

66歳、まだまだ食べる、笑う、楽しむ
66歳だから落ち着かなければ、なんて思いません。まだまだ食べたいものはあるし、行きたい場所もあります。まだまだ笑いたいし、新しい楽しみも見つけたい。年齢は、楽しむことを遠慮する理由にはなりません。
体の変化に合わせて無理はしない。でも、心まで小さくまとめない。今日を楽しむ気持ちを持っていれば、次にやりたいことも自然と見えてきます。友達と予定を決め、好きな服を選び、鏡の前で「よし」と思って出かける。その積み重ねが、今の私を元気にしてくれます。

おしゃれも笑顔も、自分を元気にするために
お出かけの日に何を着ようか考えることも、私にとっては楽しみの一つです。診断の答えに縛られるのではなく、その日の気分に合う服を選び、アクセサリーを添え、自分らしく出かける。服は誰かに評価されるためだけではなく、自分の心を弾ませるためにもあります。
きれいに装って、美味しく食べて、よく笑う。難しい理屈がなくても、それで十分に幸せです。桃一個に大騒ぎできる今日を大切にしながら、これからも小さな喜びを見逃さず、拾っていきたいと思います。
笑って食べていれば、幸せはきっと向こうからやってきます。66歳、まだまだ楽しみます。